2007年10月05日
【5】すぐき(京都市上賀茂)
皆さんはすぐきという漬物を御存じだろうか。
すぐきは京都上賀茂地方で300年も前から作り続けられている個性的な塩と天然乳酸菌だけで作る漬物である。すぐきには長い歴史があるが、すぐき菜の苗や作り方を上賀茂地方以外に洩らすことが禁じられていた為、今でもこの地域一帯で多く見られる。その漬け方や味、風貌は独特である。
すぐきは塩だけで漬け込み、乳酸菌によって発酵させる。そのため特有の香りとほのかな酸味が加わるのだ。
また、すぐき菜は一般には漬物としてしか出回っていないが煮炊きしても火が通りやすくおいしいそうだ。葉の部分もお浸しなどに向いているという。
筆者はすぐきに興味を持ち、早速すぐきの生産地である京都・岩倉を訪れた。住宅や施設の合間にぽつぽつとすぐきの畑はあった。
辺りには次々と新しい住宅が立ち並んでおり、すぐきの畑は以前と比べ段々と減少しているであろうことがうかがえる。
そんな立地の中でも畑のすぐきは元気よく育ち、その葉は威勢よく伸びていた。とりわけ元気の良いすぐきが並ぶ畑を見つけ、収穫をされていた方にお話を伺う。
この方は溝川さんといい、上賀茂ですぐき漬を生産されている方だった。溝川さんの畑のすぐきはどれも形がよく威勢がいい。聞くと土の状態は毎年違うのでそのたびに最適な状態になるように土作りから工夫されているそうだ。
興味深いお話を聞いているうちにますますすぐきのことが知りたくなった。
溝川さんはそんな気持ちを察して下さり、上賀茂での漬け込み作業の取材も快く受けて下さった。
後日改めて溝川さんのお宅にお邪魔する。溝川さんのお宅に一歩入ると、発酵段階のすぐきのよい香りに包まれた。奥にはずらりと漬け込み用の樽が並べられている。
溝川さんは一つ一つの作業を見せて下さった。すぐきの漬け込みは、まず皮をむき水洗いをした後、塩水に浸して荒漬けをする。その後、樽の中に本漬けしてゆく。最終行程として40℃前後の室に入れ発酵させる。その日はすでに本漬けの準備に入っていて、慣れた手付きで樽にすぐきを渦巻き状に並べ、塩をふる。塩の量は決まっているわけではなく、その都度見合った量を見極め加減するそうだ。長年の経験がものをいう。
本漬けの漬け込み方は独特だ。「天秤押し」というこの地方に古くから伝えられてきた漬け方だそうで、樽の上に棒を乗せ、その先に重石を吊るす。てこの原理によって水分を追い出し、じわじわと漬け込めるようになっている。とても良く考えられた方法である。
室から出されたばかりのすぐきは発酵させていた為まだほんのりと暖かく、いい香りがした。
やわらかな湯気とともに姿を見せたすぐきの白い肌はつやつやと光り、神々しいほどだった。
溝川さんのお宅をはじめ、すぐきを生産されているお宅のほとんどは畑の土作りから栽培・漬け込みまですべて一貫して作業をし、それぞれがオリジナルの味を作り出しているそうだ。まさにクリエイティブな仕事である。
溝川さんは「それぞれの生産者によって味が異なるのでいろんな味を試して好みのものを探したりし、すぐきのことをもっと知ってもらいたい」と話して下さった。大変ではないですかという質問には「大変だけれど最初から最後まで責任を持って一つ一つ作り上げていくことのできるこの仕事にやりがいを感じている。おいしいと言って食べてくれる人がいるから作り続けることができる」と語って下さった。
帰って早速溝川さんから頂いたすぐき漬けを味わった。
心地よい歯ごたえの後に来るさっぱりとした酸味とほのかな苦味が絶妙で、病みつきになってしまった。
※取材内容は掲載時によるものです。
2007年10月04日
【4】大和芋(奈良県御所市)
奈良県御所市櫛羅(くじら)葛城山麓で古くから作り続けられている山芋(大和芋)の収穫を見学に出掛けた。この辺りでは、”櫛羅芋”とも呼ばれる特産品である。
葛城山に続くなだらかな斜面を行くと、茶色く枯れたツルに覆われた畑が所々現れた。
稲刈りも過ぎ、他には里芋・青ねぎ・キャベツなどの畑も見える。
前もってお願いしていた栽培農家の山口さんと畑で出会うことになって行ってみると、既に掘り上げられた芋が畝にころがっていた。大小さまざまで土をかぶり、ひげ根を伸ばし等間隔に並んでいる。
山口さんの後に続いて、お話を伺いながらシャッターも下ろし、手で芋の感触を確かめながら歩く。
思ったよりも小さく感じたので、聞いてみると、近頃では500グラム前後のものが良いようで、形も溝が無く、丸いものが良いとのこと。
大きいけれど偏平なものや、小さすぎるものは商品にならず、加工用に出荷する。
加工の主なものは、お好み焼きやじょうよ饅頭などに使う粉状のもの。
とはいっても、小さなものでも手間ではあるが、味は変わらない。
もともと、種芋を春4月頃に植え付けるのだが、秋の収穫時に元の種芋より小さいものもあるらしい。良形が30個ほど入ったコンテナを持ち上げてみたが、15〜6キロと言うところか。それでも数がある分、山口さんご夫婦には少々きつめの作業ではある。年に一度の収穫で、1t〜1.5t程であるらしい。連作ができないので、次の年には田圃になる。
さて、肝腎の芋の食し方だが、ほぼ100%すりおろして食す。
すりおろしは、おろし金は不可、すり鉢で丁寧におろすのが良いとのこと。
そのまま食すも、卵など落とすも良い。
ご飯の上に、また汁の実にといろいろ味わえる。
ご存じ、お好み焼きの台に加えるとすこぶる旨い。筆者などは冷たいみそ汁を流し込みながら、あたり鉢で仕上げたとろろを飯の上にたっぷりと流していただくのを最良とする。食し方は、各人色々で良いと思う。良品は保存もきくので季節によって色々試してみたい。
この辺り、地味はやせてはいないが、山から出る花崗岩質の砂混じりで同じ山芋産地、丹波あたりのねばりけのある土や石川・根上のふっくらとした土とは違うらしい。他にも産地が多く全国的な作柄に左右される価格は不安定のようだ。
※取材内容は掲載時によるものです。
2007年10月03日
【3】球磨焼酎(熊本県球磨郡)
那須酒造場、年間五百石のみ醸す手造りにこだわった親子三人の米焼酎蔵です。
熊本県人吉からくまがわ鉄道にゆられ田園風景の広がる中、多良木駅に到着。タクシーに乗り換えたどり着いたのは思っていたより小さな蔵。
まずは洗米、木製の半切り桶の中にヒノヒカリ、昔ながらの手作業でみごとに手際よくいかきにあげられ水切り台に並ぶ。
向かいの畑と白い米のコントラストが気持ちよい。
間もなく蒸しに入る。
今日は二次仕込みの掛け米、小一時間ほどで香ばしいにおいとともに蒸し上がる。
ご主人と息子さんの息もピタリと放冷作業に移り、適度にさめた蒸米を奥様明美さんの待つカメに運びつぎつぎに投入。
アッと言う間のことのように思われた。この作業を二回。
この蔵は今では少なくなったモロブタでの麹作りをしている。
モロブタからザルに移されて出麹されてゆく。繰り返すが、とにかく三人の息が合い丁寧で手際が良い。
蒸留間近のカメから汲み取ってひとくちいただいた。うまい!今日は蒸留がないのが残念。次は是非、蒸留直後をいただきたい。
仕込みを終えてお茶をいただきながら明美さんのお話に聞き入る。大正六年創業、明美さんはお祖母さんの仕事を見ながら育ち、現在でも基本の繰り返しをふつうにあたりまえに続けているだけと言う。
常圧蒸留6割、減圧蒸留4割を造る仕事には他の蔵には負けない自信があるとおっしゃる。
すっきりとした減圧ものが多い中、常圧ものにもこだわり、旨い焼酎を造り続ける。今時は地元でも常圧ものは臭いなどと敬遠される向きも多く、大手酒造会社の減圧ものが手軽に飲まれている。昔ながらの甘く旨い常圧ものを燗でやるのが一番と言うご主人、造って飲めれば言うことなしとおっしゃる焼酎好きだ。最近では息子さんも積極的に造りに励み、ようやく焼酎造りを理解し始めたと言う。
モロブタ麹、カメ仕込み。銘柄は球磨の泉(常圧・減圧)
あたりまえの事ながら、造り手が酒を知り、売り手が酒を知る。
安かろう悪かろうではない何も足さない平均的な旨い酒を造り続けたいと声をそろえておっしゃる。
また、那須酒造場では、マイ焼酎の注文も多く、多様な注文にも快く相談に乗ってくれる。
知人に勧められていた抹茶焼酎の味はなかなかのものだった。
伝統を崩しながら広がっていく焼酎。お話を伺いながら、昔ながらのガラで燗をつけた旨い米焼酎をチョクに注いでじっくり呑みたくなった。
※取材内容は掲載時によるものです。
2007年10月02日
【2】伊勢海老刺し網漁
エビの王様「伊勢エビ」の刺し網漁が、10月1日三重県鳥羽地域で一斉に解禁になりました。
伊勢湾に面した相差漁港でも、台風の余波がおさまるのを待ちかねそれぞれのポイントに刺し網を仕掛けるため、何十隻もの漁船が一斉に出港していきます。
![]()
漁船のエンジン音と颯爽と港外を目指し舳先にたつ波は、圧巻のシーンです。この日は天気は上々ですが、あいにく沖側水平面には水蒸気がありましたが、波はいたって穏やかな状況でした。
赤燈の波止を回り込み次々と出港していきます。
ポイントは港のすぐそばから100〜200メートル沖までさまざまとのことです。当日は周辺の各漁港からもこんなシーンが見られたと思います。
※取材内容は掲載時によるものです。
2007年10月01日
【1】赤目まつたけ(三重県名張市)
キノコ大国日本には5000種類以上のキノコが生育していると言われています。
中でも、松茸は「においマツタケ、味しめじ」と言われ、香りと食感が命ですが、その香りの成分はマツタケオールと桂皮酸メチルで、この桂皮酸メチルがキノコの王様「松茸」独特の香り生むと言わ れています。
秋の味覚の王様「マツタケ」が主に生育する場所は、水はけ、風通し、日当たりが良く 樹齢30年以上のアカマツが生えている山や海辺。
しかも、掃除でもしたような綺麗な地面が良く、落ち葉や枯れ枝がつもっている場所では生育しないとも言われているようです。
古くから日本人に 好まれ重宝されてきた秋の味覚の王様ですが、国産は例年、岩手産の出荷が9月中旬から本格化し、その後、長野、広島と産地が南下し、11月頃まで続きます。
収穫量の一番のポイントは、8月下旬以降の天候。気温が下がり、その際にまとまった降雨があれば、生育が進み豊作になる。
マツタケの産地で思い浮かぶのは、長野県や広島県などですが、三重県名張市も「香り」と「歯ごたえ」の質の良さで知られる「赤目マツタケ」の産地です。
昔は、松茸の生 育に良い条件に当てはまるアカマツ山が市内にたくさんありましたが、土地開発や気候変化、2〜3年前の松食い虫による赤松の立ち枯れ被害などにより生産量が激減してしまいました。
日本一のマツタケ産地広島県でも、 かつては県内いたるところで、マツタケが取れていましたが、近年山が放置され、また松食い虫の被害などによ り松枯れがひどく、松林の減少が続いています。かろうじてマツタケ生産県日本一を保っていますが、その生産量は著しく減少していると言われています。
通常雨が多い年のマツタケは豊作と言われ、夏に長雨がつづいた 2003年は比較的豊作だそうで、逆に夏が暑過ぎた2002年は不作だったそうです。
昔からマツタケは「里不作は山豊作」ともいわれ、今年は秋口の気候によっては、 例年より多い収穫が期待できるとのこと。
身近な食べ物から縁遠くなり国産ではなく海外産が多く店頭に並び、 庶民には手が出しにくい松茸。
岩手ではきれいなアカマツ林を、松茸が住み着きやすい美林をと手入れを始め、その結果収穫量が何倍にもなったという実例が報告されています。
※取材内容は掲載時によるものです。